トム・ブラウンの笑いは決して「力技で強引」なんかではない、彼らの丁寧な漫才を見よ!

最終更新日:2021年11月12日

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昨年末に放送されたM-1グランプリ2018で個人的に最も印象に残っているコンビはトム・ブラウンだ。

 

M-1グランプリ2018のネタ前の紹介VTRは「カオスな見た目」「異次元の笑い」「新たな世界へ連れてってくれ!」など普通ではないことを押し出したものであり、実際のネタもやはり普通ではない形のものだった。

 

その「普通ではない」部分に衝撃を受けていたのは審査員も同様で、ネタの感想を聞かれた立川志らくの「……なん、何なんですか、あんたたちは!?」という喋りだしが全てを物語っているようにも思える。

 

そんなトム・ブラウンに関して、今朝、下記のような記事が出ていた。

 

www.nikkan-gendai.com

 

かなり違和感を覚える記事だったのだが、とりわけ気になったのは下記の部分だ。

 

柔道部出身ということもあり、彼らの笑いはどちらかというと体育会系である。まるでギャグ漫画のようなバカバカしさに満ちていて、力技で強引に笑いをもぎ取っていく。

 

引用:【M-1グランプリ】「トム・ブラウン」お笑い界屈指の“ツッコミ不在”の漫才|日刊ゲンダイDIGITAL

 

「柔道部出身ということもあり、彼らの笑いはどちらかというと体育会系である。」という印象論はとりあえず置いといて、「まるでギャグ漫画のようなバカバカしさに満ちていて、力技で強引に笑いをもぎ取っていく。」という部分。

 

確かにギャグ漫画的なナンセンスな部分が多いネタではあるが、決して力技で強引ではない。むしろ逆で、ナンセンスだからこそそれがお客さんに確実に伝わるように丁寧に作られているネタだと思うのだ。

 

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トム・ブラウンの漫才の大まかな構成

 

まずはトム・ブラウンの漫才を知ってもらうために大まかな構成を説明しておきたい。

 

ここではM-1グランプリ2018の決勝でかけられたネタ「中島くんを5人集めてナカジマックスを作る」と今年1月1日放送の「笑いの王者が大集結!ドリーム東西ネタ合戦」でかけられたネタ「土の中から加藤一二三さんを出す」を元に話を進めていく。

 

どちらのネタも大まかな構成は同じだ。

 

自己紹介&ツカミ

 

登場するとツッコミの布川がコンビ名を紹介し、ボケのみちおがありえない習性(ケンタッキーは骨ごと飲み込みます、など)を宣言し布川が「キャー!」と叫びながらみちおの頭をどつく。

 

導入

 

ツカミが終わるとみちおのほうからネタの導入となるきっかけを話し出す。

 

ナカジマックスの場合は、「サザエさんに出てくる中島くんを5人集めて最強の中島くん、ナカジマックスを作りたい」。加藤一二三さんの場合は「鈴木イチロー、二宮和也、林家三平の3人が集まると土の中から加藤一二三さんが出てくるので出したいと思います」。

 

布川はそれを聞くと「何言ってんですかね?」と突き放したり「そうなのー? 理にかなってるねえ!」と乗ってみたりするが、最終的には見てみたいのでやってみて、という流れになる。

 

ネタ部分

 

みちおが実際に中島くんや鈴木イチローといったキャラを自分で演じて合体させるのだが、中島くんが5人揃わず中島みゆきがひとり入る、林家三平ではなくミッツ・マングローブが来てしまう、といった間違いをすることによって、なかなかナカジマックスや加藤一二三さんといった人たちが完成しない(出てこない)というところがボケになり、布川はそれに対して「ダメ~!」と頭をどつく(実際には頭を掴むような感じ)。

 

終わり方

 

トム・ブラウンの漫才には最後の大オチのようなものは存在せず、最終的にナカジマックスや加藤一二三さんが出てきて、「出てきたので帰りまーす」「そうしまーす」と言ってネタが終わる。

 

ツッコミ・布川の言動がポイント

 

大まかな構成を把握したところでトム・ブラウンの漫才のどこが丁寧なのかを見ていく。

 

ポイントとなるのはツッコミ・布川ひろきの言動だ。

 

まず導入で「サザエさんに出てくる中島くんを5人集めて最強の中島くん、ナカジマックスを作りたい」とみちおに言われる。

 

布川は最初こそお客さんの気持ちを代弁するように「(この人)ずっと何言ってんですかね?」と冷めた立場を取るがすぐに「でも見てみたいかも!」と言い出す。そして「あの弱そうな中島くんが5人集まったら最強なんですよ! 作って作って!」と見てみたい理由を付け加える。

 

この布川の「感情の変化を言葉に表す」という行動が、観客の思考を整理し、なおかつ観客に興味を抱かせる。

 

「中島くんを5人集めてナカジマックスを作る」という非常にナンセンスなことを再度繰り返すことで確実に理解させ、「それを行うことによって見られるのはこういうものだよ」と結果を期待させる。

 

この時点で観客は何をどう見ればいいか誘導させられているのだ。

 

そして、実際にみちおがやってみるフェーズ。ここからは実際にセリフを書き起こしながら説明する。

 

みちお「それでは中島くんが5人、登場だ!」
布川「中島くんがひとりずつ登場してくる感じなんですね」

 

ここでも布川がみちおがやろうとしていることを噛み砕いて説明する。観客はひとりずつ登場してくる中島くんに注目させられる。

 

みちお「中島です。中島です。中島です。中島みゆきです。中島です。合体!」
(みちおが合体している動きをしている間に)
布川「中島みゆき!? お前、中島の中に中島みゆきさんがひとり入っちゃってるぞ! これは一体、どうなっちゃうんだー!?」

 

「みちおが合体している動き」はこの漫才において非常に重要な要素で、この間に布川が5人の内、ひとりが中島みゆきだったことを指摘する。そして観客のほうを見ながら「一体どうなっちゃうんだー!?」と叫ぶ。

 

みちお「つーばーめーよー」
布川「ダメ~! お前、中島みゆきさん存在感強いから中島みゆきさんのみになってんじゃないか。」

 

結果としては中島みゆきのみが出てくるので失敗。この1回目の失敗ではそこまで笑いが起こる必要がない。ここで重要なのは「お前、中島みゆきさん存在感強いから中島みゆきさんのみになってんじゃないか。」と説明しておくこと。

 

つまり、この1回目は「出てきたものがナカジマックスじゃなくて中島みゆきのみだったので失敗ですよ」ということを観客に理解させるためのルール説明なのだ。

 

2回目。

 

みちお「中島みゆきです。倖田來未です。あゆです。前田敦子です。西野カナです。合体!」
(みちおが合体している動きをしている間に)
布川「女性歌手ばっかり! お前、女性歌手ばっかり合体しちゃってるぞ。これはどうなっちゃんだー!?」
みちお「つーばーめーよー」
布川「ダメ~! 女性歌手の中でもワンランク上だから中島みゆきさんのみになってるよ。」

 

と続く。布川によるしつこいくらいの説明はみちおのナンセンス過ぎるキャラチョイスが観客を突き放さないための命綱になっている。そしてみちおのナンセンスは加速していく。

 

3回目。

 

みちお「中島みゆき。中島みゆき。中島みゆき。木村拓哉です。中島みゆき。合体!」
(みちおが合体している動きをしている間に)
布川「キムタク!? お前、存在感の強い男、キムタクが入ってるぞ! どうなるんだー!?」
みちお「ちょー待ーてーよー」
布川「ダメ~! 混ざってんじゃねえか、お前!」

 

4回目。

 

みちお「ちょー待ーてーよー。ちょー待ーてーよー。ちょー待ーてーよー。ベビベビベイビベイビ。ちょー待ーてーよー。」
※ここから布川が「混ざってるやつ! 混ざってるやつ!」と都度説明を入れていく
(みちおが合体している動きをしている間に)
布川「布袋寅泰さんも入ってるぞ! どうなるんだー!?」
みちお「ちょまちょまちょーま、ちょー待ーてーよー。」
布川「ダメ~! ちょまちょまになってるよ、もう!」

 

3回目で中島みゆきと木村拓哉が合体して「中島拓哉」が完成し、4回目では合体した「中島拓哉」が素材として使われ、布袋寅泰が加わると「ほて島拓哉」が完成する。

 

こんなぶっ飛んだネタにちゃんと観客がついてこられるのはどうしてか。そう。これまでの布川のしつこいと感じるくらいの説明があったからこそだ。

 

これほどまでに丁寧に、観客に伝えることを考慮したネタが他にあるだろうか。決して「力技で強引」でなんかないのだ。

 

布川はしっかりとツッコミの役割を果たしている

 

先述の記事はそもそもタイトルが「“ツッコミ不在”の漫才」となっているが、トム・ブラウンは本当に“ツッコミ不在”なのだろうか。

 

布川も最初は戸惑っていたものの、徐々にみちおに乗せられて、ナカジマックスが出てくるのを待ちわびるようになる。ツッコミがツッコミの役割を果たさず、ボケと一緒にその気になってしまう。驚くべき「ツッコミ不在」の漫才なのだ。

 

引用:【M-1グランプリ】「トム・ブラウン」お笑い界屈指の“ツッコミ不在”の漫才|日刊ゲンダイDIGITAL

 

という記述があるが、布川がナカジマックスを待ちわびるようになりボケと一緒の方向を向くからといってツッコミの役割を果たしていないとは思わない。

 

ナカジマックスを待ちわびるようになるのは観客を誘導したいからだ。観客がナカジマックスを期待するようになれば、「ナカジマックスが完成しないこと」がボケになる。そしてそのボケに対して「ダメ~!」とツッコめるのだ。

 

布川はしっかりとツッコミの役割を果たしている。

 

最後に

 

最後にあんまりこんなことは指摘したくないのだが下記の記述について。

 

実は10組中9組が、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の芸人なのだ。もともとよしもとは芸人の数が圧倒的に多いため、コンテストの決勝で多数派になるのは珍しいことではないのだが、ここまで偏ることはめったにない。

 

引用:【M-1グランプリ】「トム・ブラウン」お笑い界屈指の“ツッコミ不在”の漫才|日刊ゲンダイDIGITAL

 

これについてはちょっと調べれば分かることなのだが、よしもとじゃない芸人が1組だけ、というM-1は過去にもある。なんなら2017年がそうだ。(よしもと以外の芸人はカミナリのみ)

 

ちなみに他にもよしもとではない芸人が9組中1組のみという決勝は2005年、2006年の2回ある。

 

▼参考

www.m-1gp.com

 

ここはトム・ブラウンの面白さには関係なかったのだが気になったので。

 

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関連記事:ハライチがM-1グランプリ2018に出場しなかった理由

関連記事:TBS「笑いの王者が大集結!ドリーム東西ネタ合戦」での千鳥のネタが面白かった理由

 

▼2021年11月12日追記

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※配信情報は追記した2021年11月12日時点のものです