ミルクボーイの漫才を書き起こして掛け合いひとつひとつの役割を考えてみる

 

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M-1グランプリ2019の興奮が冷めやらない。全組面白かった。何周も繰り返し見ている。

 

中でも優勝したミルクボーイの漫才には面白さにプラスして「形式美」みたいなものを感じた。ひとつひとつの掛け合いに役割が強く感じられたのだ(漫才において役割の無いセリフなんて無いのかもしれないけど)。

 

その役割をもっと深く理解したくて1本目の「コーンフレーク」をすべて文字起こししてしまった(暇なのか)。理解できたか分からないが気づいたことはちょっとあったので書いておこうと思う。

 

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この後、ミルクボーイの「コーンフレーク」の内容が出てきます。漫才は漫才で見たほうが絶対に良いので、まだ見てない方は見てから読んでください。

 

ミルクボーイの「コーンフレーク」のネタは、駒場のオカンが好きな朝ごはんがコーンフレークか、コーンフレークではないかを何度も行き来するというもの。まずは導入。

 

駒場 うちのオカンがね、好きな朝ごはんがあるらしいんやけどね。
内海 あ、そうなんや。
駒場 その名前をちょっと忘れたらしくてね。
内海 朝ごはんの名前忘れてもうて、どうなってんねん、それ。
駒場 いろいろ聞くんやけどな、全然わからへんねんな。
内海 わからへんの? ほな俺がな、オカンの好きな朝ごはん、ちょっと一緒に考えてあげるから、どんな特徴言うてたかって教えてみてよ。

 

ここで「駒場のオカンの好きな朝ごはんを特定していく」という大きな目的を説明する。

 

この後繰り返されるブロックは、

 

駒場:オカンから聞いた朝ごはんの特徴を言う(コーンフレークだと断定するための一般的な共通認識もしくはあるある)
内海:コーンフレークであると断定+コーンフレークである理由を説明
駒場:コーンフレークであることに疑心+オカンから聞いた朝ごはんの特徴を言う(コーンフレークではないと否定するための情報)
内海:コーンフレークではないと否定+コーンフレークではない理由を説明+オカンから聞いた朝ごはんの特徴を催促

 

という大きく分けて4つのターン(2回の掛け合い)からなる。④の最後の「オカンから聞いた朝ごはんの特徴を催促」から①に戻るという繰り返し。

 

では最初のブロックを見ていく。

 

(▼①のスタート)
駒場 甘くてカリカリしてて、牛乳とかかけて食べるやつやって言うねんな。
(▼②のスタート)
内海 ほう、コーンフレークやないかい。その特徴はもう完全にコーンフレークやがな。
(▼③のスタート)
駒場 コーンフレークな。
内海 すぐわかったやん、こんなんもう。
駒場 いやちょっとわからへんのよな。
内海 何がわからへんのよ?
駒場 俺もコーンフレークと思ってんけどな。
内海 そうやろ?
駒場 オカンが言うには、死ぬ前の最後のご飯もそれでいいって言うねんな。
(▼④のスタート)
内海 ああ、ほなコーンフレークとちがうかあ。人生の最後がコーンフレークでええわけないもんね。
駒場 そうやねん。
内海 コーンフレークはね、まだ寿命に余裕があるから食べてられんのよ、あれ。
駒場 そうやね。
内海 コーンフレーク側もね、最後のご飯に任命されたら荷が重いよ、あれ。
駒場 そうやねん、そうやねん。
内海 コーンフレークってそういうもんやから。ほなコーンフレークちゃうがな。ほなもうちょっと詳しく教えてくれる?

 

一番最初のブロックなのでそこまで顕著ではないが、このネタの笑いは「それがコーンフレークである理由」と「それがコーンフレークではない理由」があるあると偏見の絶妙なバランスで形成されていることに起因する。簡単に言ってしまうとコーンフレークをお題にした大喜利である。

 

2回目のブロックを見ていく。

 

(▼①のスタート)
駒場 なんであんなに栄養バランスの五角形でかいんかわからんらしい。
(▼②のスタート)
内海 コーンフレークやないかい。パッケージに書いてる五角形むちゃくちゃでかいんやから、あれ。でも俺はね、あれは自分の得意な項目だけで勝負してるからやと睨んでんのよ。
駒場 ほう!
内海 俺の目は騙されへんよ。
駒場 ほうほう。
内海 俺騙したらたいしたもんや。で、あれよう見たらね、牛乳の栄養素を含んだ上での五角形になっとんのよ! 俺はなんでもお見通しやねんから。
駒場 なるほどな。
内海 コーンフレークや、そんなもんは。
(▼③のスタート)
駒場 わからへんねん、でも。
内海 何がわからへんの、これで?
駒場 俺もコーンフレークと思ってんねんけどな。
内海 そうやろ。
駒場 オカンが言うにはな、晩ごはんで出てきても全然いいって言うのよ。
(▼④のスタート)
内海 ほなコーンフレークちゃうやないかい。晩飯でコーンフレーク出てきたらちゃぶ台ひっくり返すもんね。コーンフレークはね、まだ朝の寝ぼけてるときやから食べてられんねん。食べてるうちにだんだん目が覚めてくるから、最後ちょっとだけ残してまうんやないか。
駒場 そやねん、そやねん。
内海 そういうカラクリやからね。
駒場 そうやねんな。
内海 ほなコーンフレークちゃうがな。ほなもうちょっと何か言ってなかった?

 

この辺りから初見でもルールが飲み込めてきて笑いが大きくなる。内海がキモの部分に関してはしっかりと伝わるように「牛乳の栄養素を含んだ上での五角形になっとんのよ!」や「コーンフレークはね、まだ朝の寝ぼけてるときやから食べてられんねん。」などをゆっくりはっきりと発声しているところが丁寧である。

 

また、テレビで見ているときには気付かなかったが、④で内海がコーンフレークではない説明としてコーンフレークに対する偏見を主張した後に、駒場が必ず「そやねん、そやねん」と相槌を打っていることが分かる。「そやねん、そやねん」ということは内海に対する同意である。そう、このネタの大きな特徴として駒場と内海は決して対立しておらず、同じ方向を見ている。内海は駒場に対して突っ込んでいるのではなく、厳密に言うと駒場からもらった新たな情報によって過去に「コーンフレークである」と断定した自分の判断に対して突っ込んでいるのだ。新しい。

 

そして3回目のブロック。

 

(▼①のスタート)
駒場 子どもの頃、なぜかみんな憧れたって言うてた。
(▼②のスタート)
内海 コーンフレークやないかい。コーンフレークとミロとフルーチェは憧れたんやから。あとトランシーバーも憧れましたよ。コーンフレークよ、そんなもん。
(▼③のスタート)
駒場 わからへんねん、だから。
内海 なんでわからへんの、これで。
駒場 俺もコーンフレークと思ってんけどな。
内海 そうやろ。
駒場 オカンが言うには、お坊さんが修行のときにも食べてるって言うねん。
(▼④のスタート)
内海 ほなコーンフレークちゃうやないかい。精進料理にカタカナのメニューなんか出えへんのよ。コーンフレークはね、朝から楽して腹を満たしたいという煩悩の固まりやねん。あれみんな煩悩に牛乳かけとんねん、あれ。
駒場 そうやねん、そうやねん。
内海 コーンフレークちゃうがな。ほなもうちょっと何か言うてなかったか?

 

3回目くらいになると①から②、③から④に進む際、内海が食い気味になるというテクニックが出始める。これによってブロックそのもののテンポも上がり、より笑いが生まれやすくなっている。また、「あれみんな煩悩に牛乳かけとんねん」のようなちょっと鋭い、ベタではない表現も光り始める。「あれみんな煩悩に牛乳かけとんねん」に対しても駒場が「そうやねん、そうやねん」と肯定しているのが面白い。

 

そして4回目。

 

(▼①のスタート)
駒場 パフェとかの、かさ増しに使われてるって言うてた。
(▼②のスタート)
内海 コーンフレークやないかい。あれ法律スレスレくらい入っとんやから。店側がもう一段増やそうもんなら俺は動くよ、ホンマ。コーンフレークや絶対。
(▼③のスタート)
駒場 わからへんねん、でも。
内海 なんでわからへんの、これで?
駒場 俺もコーンフレークと思ってんけどな。
内海 そうやて。
駒場 オカンが言うには、ジャンルで言うたら中華やって言うねん。
(▼④のスタート)
内海 ほなコーンフレークちゃうがな。ジャンルまったくわからんけど、中華だけではないねん、あれ。あの回るテーブルの上にコーンフレーク置いたら、回したとき全部飛び散るよ、あれ。
駒場 そやねん、そやねん。
内海 コーンフレークちゃうやないか。ほなもうちょっと何か言うてなかった?

 

そして5回目が最後のブロック。

 

(▼①のスタート)
駒場 食べてるときに誰に感謝したらええかわからんらしい。
(▼②のスタート)
内海 コーンフレークやないかい。コーンフレークは生産者さんの顔が浮かばへんのよ。浮かんでくるのは手組んでるトラの顔だけやねん。
駒場 そやねん、そやねん。
内海 赤いスカーフのトラの顔だけ。コーンフレークに決まり、そんなん。
(▼③のスタート)
駒場 でもわからへんねん。
内海 わからへんことない、オカンの好きな朝ごはんはコーンフレーク、もう。
駒場 でもオカンが言うには、コーンフレークではないって言うねん。
内海 ほなコーンフレークちゃうやないかい。オカンがコーンフレークではないと言うんやからコーンフレークちゃうがな。
駒場 そやねん。
内海 先言えよ。俺がトラのマネしてるときどう思っててん、お前は。
駒場 申し訳ないなと。
内海 ホンマにわからへんがな。どうなってんねん。
駒場 でもオトンが言うにはな。
内海 オトン?
駒場 サバの塩焼きちゃうかって。
内海 いや絶対ちゃうやろ。もうええわ。ありがとうございました。

 

最後のブロックには④が無く、オカンが直接「コーンフレークではない」と否定していることが明かされ、漫才の終わりに繋がっていく。

 

書き起こしてみて、最初に言った「形式美」を再確認できた気がする。本当に美しい。カッチリと作られたテンプレートの中に分かりやすい題材を放り込み、かつその中で独自の大喜利力を発揮できる。尺やテンポの調整も自在。そして何より良いのが、2人が対立せず、同じ目的を達成するための漫才であること。(誰も傷つけない、と書こうと思ったが偏見により傷ついてる人もいるかもと思ったので止めておきました。決して深い傷にはならないと思うけど。)

 

ちなみにツカミとして採用している「客席から何かをもらう」ボケも好き。

 

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