「ウィーアーリトルゾンビーズ」感想~これは全ての人生を肯定してくれる映画である~

f:id:haranomachi:20190616175835j:plain

2019年6月14日、仕事を終え、公開初日の「ウィーアーリトルゾンビーズ」を観るために渋谷シネクイントへ。

 

「ウィーアーリトルゾンビーズ」は両親を亡くしても泣けなかった13才の少年少女4人が火葬場で出会い、冒険に出かける話。その過程で結成したバンド「LITTLE ZOMBIES」が社会現象になるも様々なことに翻弄されていく。

 

両親が死んだ。悲しいはずなのに泣けなかった、4人の13歳。
彼らはとびきりのバンドを組むと決めた。こころを取り戻すために—

 

映画『WE ARE LITTLE ZOMBIES』 | 全国公開中!より

 

この後、ネタバレがあるのでまだ観ていない方はご注意ください。

 

まず圧巻なのが多彩な映像表現。これでもかと突き付けられる手数の多さに一瞬もダレることのない構成になっている。全体を通して8bitのRPGを模した展開になっていて、ヒカリ(二宮慶多)のマンションに4人が入っていく際の効果音が勇者パーティーがダンジョンに入るときのそれになっていたりするのが楽しい。かと思えばそのマンションの入り口付近の地面に横になりマンションを見上げたときのビジョンをバベルの塔のようだ、と原始的なアイデアでハッとさせられる箇所もあったりして、本当に目が離せない。

 

序盤にヒカリ、イシ(水野哲志)、タケムラ(奥村門土)、イクコ(中島セナ)のそれぞれの家を巡り、ポケットゲームや中華鍋、ベースなどキーとなるアイテムを手に入れながら4人のバックボーンを説明していく丁寧な構成が観るものを物語に入り込ませる。そう、インパクトのある映像に目が行きがちだけれどすごく丁寧で基本的なことをしっかり押さえている映画なのだ。中盤、4人が行き着いたゴミ処理場にいたホームレスたちとバンドの設備を構築していき、「WE ARE LITTLE ZOMBIES」が演奏され、物語が大きく動き出すときの高揚感。自分がこの映画にガッチリとマウントを取られ身動き取れなくなっていることに気付く。

 

 

終盤、4人を乗せたゴミ収集車が得体の知れない何かに包み込まれているときの1シーンが強く心に残っている。ヒカリの持つポケットゲームの画面に映し出されるのは冒険を続けるか否かの「Yes/No」。つまり挑戦するか諦めるか。「Reset」はルール違反と映し出すゲーム機に対し、イシ、タケムラ、イクコが「そんなの無視無視、もう一回さっきの画面(「Yes/No」の画面)出して」と言ってのける。つまり彼らの人生においてリセットなんてことはルール違反である前にできるわけのない行為であり、始まってしまった以上、進み続けるしかないのだ。それに気付き4人は冒険を続ける。これは全ての人生を肯定してくれる映画なのだと思う。

 

もうひとつ、大筋とは関係のないところで印象に残っているシーンがある。それは「LITTLE ZOMBIES」が社会現象となり、4人がそれぞれインタビューを受けるシーン。映像を撮影しながらインタビュアーが質問をぶつける。このインタビュアーを今田哲史が演じているのだが、天然のデリカシーの無さなのか、それを装い聞きづらいことを聞き出すテクニックなのか、感情のない声とイントネーションでズケズケと質問を繰り出していく。ヒカリに対して「(両親が事故死した)バスの運転手に何か言いたいことは?」と質問するとヒカリは「特にありません」と答えるがインタビュアーは「本当に?」としつこく質問。ヒカリは「本当は……」と間を置き、その運転手が自分にとってのラスボスだから倒したいというニュアンスの解答をする。この後、ヒカリはマネージャーの望月(池松壮亮)から「感情出てたぞ」と注意を受けるのだが、ヒカリは感情を出してしまっていたのだろうか。ヒカリがインタビュアーの聞き出したいであろう回答をあえて作為的に言っているように見えたのだ。子どものふりして聞き出そうとする大人と大人のふりして回答してあげる子どもという構図に見えてなんだかドキドキしてしまった。

 

最後に。「LITTLE ZOMBIES」が出演したわけのわからない音楽番組のMC(真っ黄色ボディに真っ青のケンタウロスの着ぐるみ)をさらば青春の光・森田が演じていたの最高。