もしかしたら最高の会話劇とは言い争いや口喧嘩の場面なのかもしれない。土曜22時の日テレドラマ「俺の話は長い」を観てそう思った。
以下、ネタバレを含むので未見の方はご注意ください。
31歳のニートである主人公・岸辺満(生田斗真)、夫の残した軽食喫茶ポラリスを営む満の母親・房枝(原田美枝子)、マイホーム建て替えのために一時的に実家に帰ってきている姉・秋葉綾子(小池栄子)、綾子の夫・光司(安田顕)、綾子の前夫との娘・春海(清原果耶)という主要人物5人がとにかく生き生きと会話している。
岸辺家の会話の大半は満と綾子の口喧嘩から発生する。満の屁理屈*1で基本的にはやり込められてしまう綾子だが、その屁理屈をムリヤリ止めさせる「してねえわ!」「いいから黙って!」「いちいちうるさい!」などの強い言葉が心地よいと同時に少しコミカルな雰囲気を漂わせるのは小池栄子というキャラクターのせいだろうか。目を見開いたり、口角を片方だけキュッと上げたりという表情もいちいち素晴らしい。
そして、どんな相手も屁理屈で説き伏せてしまう満が姪っ子である春海に言いくるめられてしまうことがある、というジャンケンのような強弱関係が楽しい。霜降りの牛肉の食べ方を巡る「すき焼きは焼肉、しゃぶしゃぶと並ぶ肉料理ではなく、肉の旨味を吸った豆腐と白滝を味わう鍋料理である」という春海の論調には思わず唸ってしまった。珍しく言い返せずにいる満の様子を見て「いいぞいいぞ、やれやれー」とおどける母・房枝も最高。
満はもちろん、姉の綾子、その娘である春海も口が立つ。岸辺の血筋がおそらく屁理屈気質なのだろう。思えば母親の房枝だって天然な雰囲気を出しつつ妙に論理的な部分があったりする。会社に出かける光司に対して何も言わない春海に、
房枝 行ってらっしゃいぐらい言ってあげなさいよー。
春海 ちょうど食べてたから。
房枝 じゃ食べてなかったら言えるわけね。
なんてやり取りがあったりするのだ。ただひとり、血筋の異なる光司(綾子の再婚相手)だけが誰に対してもイニシアチブを取ることが出来ていないわけだが、そんな光司だけが満の本音を聞き出すことができるキャラクターであることが話に立体感をもたらしている気がする。
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「俺の話は長い」は1時間の放送がおよそ25分くらいの2話から構成されている。第1話が「すき焼きと自転車」「寿司とダンボール」、第2話が「焼きそばと海」「コーヒーと台所」。失恋のために学校を休もうとしていた春海を満が説得して5時間目から登校させるという「焼きそばと海」がとりわけ素晴らしく、しばらく打ちのめされてしまった。
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"登校させることに成功したら5千円"という綾子との契約が1時間目ではなく5時間目からの登校だったから報酬は千円という形で崩されそうになるも覆した満の論理テクニックの美しいこと!
5時間目への参加が最も重要であること(フォークダンスの練習)、春海に昼食(焼きそば)を用意したこと、学校まで車で送ったこと、フォークダンスの様子を見ていたら不審者に間違われそうになったこと、などの理由から請求額を1万円に引き上げることで当初の5千円を払いやすくし、さらに最初にもらった千円を返さずに済むように春海を迎えに行くという仕事の対価にすり替えていく話術。それらをしっかりと見ていて営業マンとして学ぼうとする光司、というくだりがそれらの説明機能を果たしていることも含めて鳥肌が立つくらい完ぺきな会話劇だった。
しかし「焼きそばと海」はそんな派手でテクニカルな言葉遊び的なシーンだけではない。満が春海に焼きそばを作るシーンの、
春海 最後、何入れたの?
満 カレー粉。
春海 美味しいの?
満 ふん、食えば分かるよ。
というやり取りや、春海を学校まで送る車中での、
春海 なんで昔の人は失恋すると海に行くの?
満 ん? 行けば分かるよ。
といった問答。これが、人生における重要なことは実際に経験しないと分からない、という満なりのメッセージを春海に届けるラストシーンに向けた伏線になっているというさりげなさ。実際に夜の海に行った2人が浜辺で会話をするラストシーン。
春海 どうして人生の大事なことに限って誰も教えてくれないんだろう。
満 たまに教えてくれる人もいるんだけど、聞いてるときはそんな大事なことって気付かないもんでさ。大抵のことは傷付いて覚えるしかないんだよ。
春海 そんなのつら過ぎる。
満 若いうちだけだよ。
春海 だといいんだけど。
満に対して素直になれずに「ありがとね」の対象を焼きそばにズラしてみたりする春海も、それに気付いて「よりによって焼きそば?」と嬉しそうな満も、相手の繊細な部分に触れるときはさりげない。
ときには相手を言いくるめるために弱みにつけ込むズケズケとした部分と相手を思いやるさりげなさ。この相反するような2つが混在して、揺さぶられる。「俺の話は長い」が面白い。
*1:どことなく「カルテット」の家森諭高(高橋一生)を思い出すのは僕だけでしょうか