ぼんやり考えていたことが言語化されていると気持ち良いという経験が何度かあります。
お笑いのあるあるネタも一種の言語化ですよね。
ドラマ「住住」の第2話でバカリズムがコントの設定について説明するシーンがあります。
オードリー・若林の部屋で見つかったチャイナ服について、なぜチャイナ服があるのかを推理するバカリズムと二階堂ふみ。
二階堂ふみがコントの衣装じゃないかと言ったことに対してバカリズムはこう返します。
バカリズム 例えばナース服とかセーラー服とかなら分かるんですけど、おれ、チャイナ服着てコントやってる人あんま見たことないんですよね。
二階堂 ああ、ないですか?
バカリズム うん、ないですね。
二階堂 ないか。
バカリズム ありえないと思います。
二階堂 ありえないまで言っちゃう。
バカリズム あの、二階堂さんね、コントって、普通こういう人だったらこういう行動をするっていうパターンがあって、そのパターンから外れることをするから笑いが生まれるっていうのが基本的な構造なわけですよ。
二階堂 はあ、そうなんだ。
バカリズム それをお客さんに最短で伝えるために、行動パターンを想像しやすいものを題材として選択するわけですね。例えば、セーラー服だったり学生服だったりしたら学生で勉強をする。白衣とかナース服だったらお医者さんで診察をする。行動パターンを想像しやすいわけですよ。想像しやすいってことは、それを崩しやすい。崩しやすいってことはコントの設定として使いやすいってことなんですね。で、チャイナ服を着てる人の行動パターンって想像しづらくないですか?
二階堂 うん。
バカリズム 何してるか分かんないでしょ? 何してるか分かんないってことはイメージも崩しづらいわけですよ。崩しづらいってことはコントの設定として使いづ……、もう完全に飽きてんね。
この例えが「言語化が気持ち良い」の例として正しかったかは分かりませんが、バカリズムのこの説明を聞いて、モヤモヤしていた部分がスッと晴れていくのを感じたんです。
言葉を使うことができる人間として生まれたからには、ひとつでも多くの物事を言語化して、すっきり気持ち良く生きていきたいなと思います。
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